郷土の先賢

更新日:2018年02月08日

滑川市立博物館の第1常設展示室では、郷土の先賢として梅原眞隆、高島高、高階哲夫、石坂豊一の4人を紹介しています。

郷土の先賢コーナー

梅原 眞隆

うめはらしんりゅう 仏教学者 明治18年(1885)11月11日~昭和41年(1966)7月7日

梅原眞隆

妻子と(明治45年)

上新川郡寺家村(現滑川市寺家町)専長寺の住職・梅原隆乗の長男として生まれました。富山市などの仏教中学で学び、進学した仏教大学(現龍谷大学)では学内一の秀才と謳われ、のち同校の教授として高い評価を受けました。昭和22年には参議院選挙に当選し、1期6年の在任中、戦後の教育行政に深く関係しました。西本願寺勧学寮頭、富山大学学長などを歴任。

高島 高

たかしまたかし 詩人 明治43年(1910)7月1日~昭和30年(1955)5月12日

高島高

東京生活時代

滑川町西町(現滑川市加島町)の医師・高嶋地作の二男として生まれ、旧制魚津中学校(現魚津高校)時代から詩作を始めました。日本大学の文科に進むも、父の願いを受け入れ中退。昭和医学専門学校(現昭和大学)に入学します。卒業後は横浜で勤務医になりますが、のち滑川に帰郷し、「北方荘」と名付けた自宅で創作活動を行いました。戸籍上は「高嶋」ですが、創作活動においては「高島」をペンネームとして使用していました。

高階 哲夫

たかしなてつお 音楽家 明治29年(1896)3月5日~昭和20年(1945)4月17日

高階哲夫

指揮者として活躍した頃(昭和10年代)

滑川町(現滑川市)山王町に開達小学校(現田中小学校)校長・瀬木辰巳の三男として生まれました。教員一家の養子になり、富山県師範学校(現富山大学)を経て周囲の期待通り教職の道に就くも辞職。東京音楽学校(現東京芸術大学)へ入学してヴァイオリンを専攻します。卒業後は演奏活動を通して、ヴァイオリニストとしての名声を高め、その後は指揮者としての地位も確立していきました。代表曲として「時計台の鐘」(作詞・作曲)ほか。

石坂 豊一

いしさかとよかず 政治家 明治7年(1874)5月3日~昭和45年(1970)5月5日

石坂豊一

婦負郡長時代
(大正2年)

新川県第4大区大崎野村(現富山県滑川市大崎野)の石坂嘉右衛門の五男として生まれました。富山県尋常中学校(現県立富山高校)卒業後、神戸税関、郡役所、富山県庁などを経て、樺太庁の樺太開発計画に携わります。昭和13年(1938)、衆議院議員に初当選し、立憲政友会に所属しました。同19年に富山市長に就任(官選)、戦後は参議院議員として活躍。滑川市初の名誉市民でもあります。

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