市の概要

ようこそ滑川(なめりかわ)市へ

ここでは、本市の概要についてご紹介します。

 

立地・地勢

滑川市は、富山(とやま)県中央部のやや東北に位置しており、面積は54.63平方キロメートルです。

「富山県の地図(水色の部分が滑川市)」

北西は、「天然の生簀(いけす)」と称される日本国内随一の魚介の宝庫で、「世界で最も美しい湾クラブ(※美しい富山湾クラブ)」に加盟している富山湾に面しています。

南西は郷川(ごうがわ)とこれに合流する上市川(かみいちがわ)下流部を境界に、県都・富山市などと、東は早月川(はやつきがわ)を境界に魚津(うおづ)市と接しています。

市域は、県南東部に広がる3,000メートル級の「北アルプス」立山(たてやま)連峰を背景にして、早月川と上市川に挟まれた扇状地の上に形成されています。

滑川市を含む富山県東部と富山湾は、多彩な地質と地形を有していることなどから、「立山黒部ジオパーク(※立山黒部ジオパーク)」として「日本ジオパーク(※日本ジオパークネットワーク)」に認定されています。

沿革

平安時代から室町時代にかけて、現在の滑川市域を中心とする地域は京都・祇園社(きょうと・ぎおんしゃ)の荘園「堀江荘(ほりえのしょう)」で、穀倉地帯として開発されました。

戦国時代を経て、豊臣秀吉(とよとみ・ひでよし)の天下統一後、現在の滑川市域を含む新川(にいかわ)郡などが、戦国大名・前田利家(まえだ・としいえ)の領地となりました。特に沿岸の旧町部は北陸街道(ほくりくかいどう)沿いにあり、江戸時代には加賀(かが)藩の宿場町として栄えました。

明治時代から大正時代にかけては郡役所が置かれ、中新川(なかにいかわ)郡の政治・経済の中心地として発展しました。

1953年11月1日、滑川町を含む1町6村が合併し、翌1954年3月1日に市制を施行。現在人口約3万3千人を擁する都市に発展しています。

産業・経済

現在は、古くから盛んな農業やホタルイカ漁に代表される漁業に加え、医薬品や建材など幅広い品目で製造業も発展。数多くの企業が本社や製造拠点を置き、1人当たりの工業製品出荷額は富山県内1位の844万円(※平成26年工業統計調査の確定値から算出)と、富山県内随一の「ものづくりのまち」となっています。

民俗・文化

滑川市には古くから受け継がれてきた民俗行事や文化が残っています。滑川沖の海中にあるとされる龍宮(りゅうぐう)城伝説にちなんだ「ふるさと龍宮まつり」が毎年7月中旬に行われ、住民が、藩政時代から受け継がれてきたとされる民謡「新川古代神(にいかわこだいじん)」を踊り流します。

「新川古代神の踊り流しの様子」

また、毎年7月31日には、中川原(なかがわら)の海岸(通称・和田(わだ)の浜)で厄除けや無病息災などを祈願する火祭り「滑川のネブタ流し」(国指定重要無形民俗文化財)が行われます。

「滑川のネブタ流しの様子」

滑川には、俳人・松尾芭蕉(まつお・ばしょう)が立ち寄ったとも伝わっており、藩政時代から現代に至るまで、俳句が盛んです。

観光施設・特産品

富山湾のうち、滑川市沿岸を中心とする一帯は「ホタルイカ群遊海面」として国の特別天然記念物に指定されており、毎年3月から5月の未明に実施される「ほたるいか海上観光」では、網にかかって青白く光るたくさんのホタルイカを観光遊覧船から眺めることができます。

また、ホタルイカをテーマにした世界で唯一の施設「ほたるいかミュージアム」があり、漁期の間は生きたホタルイカが発光する様子を施設内で間近に観察することができます。

「ほたるいか海上観光の様子」

「ほたるいかミュージアム(奥)とタラソピア(手前)」

滑川市は日本国内有数の海洋深層水の産地でもあり、海洋深層水を使ったタラソテラピー(海洋療法)を体験できる「タラソピア」や、海洋深層水を手軽に手に入れられる分水施設「アクアポケット」があります。

市内では海洋深層水を使った製塩も行われており、ミネラル豊富な海洋深層水の塩を手軽に手に入れることができます。

「滑川の海洋深層水塩」

市イメージアップキャラクター

ホタルイカをモチーフにした「キラリン」「ピッカ」の姉弟(きょうだい)のキャラクターがおり、市役所が発行するさまざまな媒体のほか、滑川市関係の商品にデザインされています。また、市内外の数多くのイベントにも登場しています。

「キラリン(左)とピッカ(右)」

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